今さらながら、「君の名は。」を観たこと

昨日は、3月11日。東日本大震災から6年たち、被災地は7回忌を迎えるという。
亡くなった方々の安らかな眠りと、かけがえのない大切な存在を失ない、癒されない痛みに苛まれている方々のことを思い、黙とうを捧げた。

君の名は。公式HP 


新海誠監督 「君の名は。」の真実をTBS系特番で初告白へ

一時は、津波や災害を想起させるような映画やアニメの上映や製作は、自粛傾向だったが、最近は、むしろ、震災や原発事故を意識した作品がつくられるようになり、中でも、「シンゴジラ」は日本アカデミー優秀作品賞に、「君の名は。」は、同アニメーション優秀作品賞を受賞するなど、興行成績以外にも注目を集めた。

「シンゴジラ」は、私のツイッターのTLでいきなり大評判だったので、わりと早くに観に行ったが、「君の名は。」は、世間の評判はともかく、私のTLでは、とくに話題になっていなかったので、あんまり興味がわかず、映画館で観なくてもいいかなと放置していた。
年が明けて、1月に東京に1人で行った時、たまたま時間がぽかんと空いたので、(それも、ほんとはもう一回「シンゴジラ」観れたらいいなと思って行ってみたら、ちょうど観れる時間にはやってなかった)まあ、話題作だから観とくか~ということで、内容とか何も考えずに観た。

実は、その時もうひとつ「この世界の片隅に」も同じ時間にやっていて、是非観たい!とおもいつつまだ観ていなかったのだけど、その日は、母の二回目の命日だったので、母や母が死んだ時のことを思い出すようなものは、ちょっと見たくないなとおもったこともあって、きっとすごく泣いてしまうし、それ以上に「落ちる」自信があったので避けたのだけど、その選択には、あまり意味が無かった。
むしろ、なんの構えもなく観てしまったために、無茶苦茶泣かされてしまったのだった。

松飾が降ろされたばかりの品川の映画館は、多くの老若男女で混雑していたけれど、「君の名は。」は、話題のピークを過ぎていたからか、周囲の客の年代はかなりのご高齢で、ちょっとしたギャグ?や笑う場面でも、まわりがあまりにノ―リアクションなので、笑うことも出来ず、正直、1人できたことを後悔する部分もあった。
あのご高齢の紳士淑女が、どういうつもりで、この映画を観にきておられたのかは分からないが、私が「やっぱり1人できてよかった!」とおもいながら、ごんごん泣いていたとき、ふと周囲をみわたすと、スクリーンを見つめながら、静かに涙を流しているご婦人もたくさんいらして、その胸のうちにあるものを勝手に想像して、また涙するという状況に陥ってしまった。

映画「君の名は。」が何を描いているのかは、まだ上映中でもあるし、ネタばれは他にまかせてここでは書かない。

なので、私が「君の名は。」を観て思ったり、この映画を見て涙していた人の勝手に想像した胸の内などについて勝手に語るならば、それは、人と言うのは、死別や故郷を失った悲しみよりも、「あの時、自分が、ああしていれば運命が違っていたかもしれない」「もう一度やりなおせたら、あの人は、今も生きていたかもしれない、違う現在があったのかもしれない」という悔恨に、長く深く苦しめられるものなのだということだ。
一度に大勢の人が、突然、命を奪われる災害や、事故、事件などが起きると、センセーショナルに扱われるが、災害や事件事故だけが、人の命を奪うのではない。ほかのどんな形でも、愛するものとの死別はつらい。毎日毎日誰かが死に、その日が来るたびに、だれかがその死について、後悔や怒りや悲しみを新たにしているのだろう。

現実には、どんなに悔やんでも嘆いても、時間をさかのぼってやり直すことは出来ないし、死んでしまったものはどうしても生き返ることはない。そんなことを改めて言われる必要は誰にもないが、フィクションの中でくらい、救われてほしいという思いがあるのではないかと思った。
映画「君の名は。」は、そんな痛い苦しみを胸に抱きつつ、長い人生を生きてきた大人たちが、その痛みから赦されるひとときを齎してくれるのかもしれない。まあ、完全に私の個人的な感想というか感傷だから、深く考えないで、観てほしい。


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ゴールデンカムイ好きな人が「レヴェナント」を観る時きをつけること

「やくざと憲法」観に行ったけど、連休明けで上映時間が変わっていたため観れず、せっかく来たし、レディースデイだしで、「レヴェナント~蘇えりしもの~」を観てきました。

デカプリオに、オスカーとらせたくてとらせたくてとらせたくてたまらんかったんだなあという製作者の執念を感じる作品でした。
映像も、音響も、評判通り、素晴らしかったです。
羆に襲われるシーンは、CGIだそうですが、本当にデカプリオが羆に襲われているとしか見えません。。
昔、三毛別羆事件をモチーフにした怖いドラマ観た覚えがありますが、おもいっきりぬいぐるみでしたね。でも、あれが、このCGIで再現されたら観ただけで死にそうです。

さて、まだまだ公開中の大作映画について、ネタばれやネガティブな感想を書くのは控えるべきですが、これから観ようと思う人には、ひとつだけ気をつけていただきたいことがあります。

野田サトルの「ゴールデン・カムイ」(2016漫画大賞受賞おめでとう!!!)好きな人は、ちょっとでも「ゴールデン・カムイに似てる?」と思ってはいけません。
ちょっとでも、一瞬でも思ってしまったら終わりです。
もう「ハリウッドが『ゴールデン・カムイ』を勝手にぱくって映画化した」としか思えなくなりますが、それは違います(当たり前)

舞台は、1823年のアメリカです。北海道ではありません。
皮をはいだり、皮を奪い合ったりしていますが、剥がれるのは頭皮だけで、奪い合っているのはビーバーの毛皮です。刺青人皮ではありません。
主人公のグラスは、羆に襲われて瀕死の重傷を負いますが、土饅頭にしたのは羆ではなく、仲間だった人間です。
満身創痍で足の骨もおりながら、はいずることしか出来ないのに、断崖絶壁を降りたり、極寒の激流に流されたり、インディアンに度々襲われたり、あり得ない危機的局面を何度も生き延びて、「俺は不死身のグラスだ!!!!」と叫びそうな場面がたくさんありますが、羆に喉を切られているので叫びません。
枯れた木で仮の小屋を作ったり、薬草を集めてくれたり、バイソンの肝臓をくれたりするポーリー族のインディアンは、アシリパさんのような賢い少女ではなく、おっさんです。
一番大事なことは、杉元佐一は多分架空の存在ですが、ヒュー・グラスは実在した人物です。

だから、全然関係ありませんので、一瞬でも、頭の隅っこにも、置かないで観なくてはいけません。
興味をお持ちいただけたら、映画館でぜひ。
映像も音響もCGIも迫力満点、150分も納得です。家で、DVDで150分は多分辛いです。

予告編 https://www.youtube.com/watch?v=Q9oOfyF4k00
特別映像 
https://www.youtube.com/watch?v=hXP9X7qfH_s

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日本外来小児科学会@仙台にいってきました

いつもながら、一年以上ぶりの更新ですが、気にせずまいりましょう。

一週間前の8月22,23日、仙台市東北大学川内キャンパスで行われた、日本外来小児科学会年次大会へ、患者11908025_883634688391961_27637020_3家族と支援者の会ブースで展示する、「つばめの会」のお手伝いで行ってきました。


乳幼児の摂食嚥下障害児の親の会である「つばめの会」と私のなれそめについては、こちらを
つばめの会誕生に寄せて

去年、大阪であった外来小児科学会で、つばめの会の山内代表が他の患者家族と支援者の会の方と、ミニシンポジウムに登壇されると言うので、応援とブースのお手伝いにいき、非常に有意義で面白くて楽しい忘れがたい経験をさせていただき、今年も是非にと、お手伝いだか、邪魔しいだかわからないけど、遠征してきました。
京都から仙台までは、11時間のバスの旅でしたが、今年も、ほんとに行けてよかったなと、来年のうどん県も絶対行くぞと心に決めさせていただきました。

社会的な活動をされている団体や個人はたくさんおられますが、内情をきくとどこも複雑で、おなじ問題に取り組む団体同志、あるいは団体内でも、意見が分かれたり、仲が悪かったりということはよく聞いたり、目にします。
政府や企業や行政という「共通の敵」の前に、一時的に手を組むことはあっても、本質的なところで相容れないものがあったり、独自の考えで孤立してしまっているケースもあり、なかなか難しいことだと痛感しています。

常々言っていることですが、人には実際に経験してみなければ分からないこともたくさんるけど、経験し、当事者になることで分からなくなってしまうことも、たくさんあります。その自覚を失くしてしまうと、当事者(患者、家族、支援者も含めて)は孤立してしまいます。
また、当事者活動の実際の活動をするのは、仲間の中でも、比較的動きやすい人間であり、本当に闘病や看病に大変な真っ最中の人とも齟齬がうまれやすいということもあります。
いろんな政策や法案を求めたり、啓発活動で、行政や他の団体や活動家や業界の人、世間との関わりが出来れば、考えがかわることも、自分たちも反省しなくてはとおもうこともでてきますが、仲間側からみれば、それは裏切りにもとられることも。

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今回、ご一緒させていただいた、さまざまな家族と支援者の会の皆さんは、会が生まれた理由はそれぞれでも、同じ不幸を繰り返してほしくない、防げる病気は防ぎたい、早期発見と周囲の理解で生きやすくなってほしいという願いと、守れなかった、救えなかったという後悔や痛みを理解しあえる仲間であり、双方が、知らなかったことを知りあう学びあえる畏友なのだと感じました。
多くの団体の人と出会い、相談したり情報交換したり、自分たちだけでは行き詰っていても元気が貰える、そういう機会は、なかなかありません。こんな場と機会を与えてくださる日本外来小児科学会の先生方にも、感謝の思いでいっぱいです。

一日目終了後、風疹をなくそうの会『hand in hand』の可児さんや胆道閉鎖症・乳幼児肝疾患母の会肝ったママ’sの加藤さんたちに無理無理くっついていって、食事会にも参加させていただきました。6団体と3名の先生方、総勢28人の大所帯…!詳しくはこちら 風疹をなくそうの会『hand in hand』のブログ もう一つの外来小児科学会年次集会! 患者会・家族会編

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可児さんや加藤さんと同じテーブルだったのでまた色々伺ったり、可児さんと娘さんの主治医であった先生とのお話や他の団体さんへの思いなどを聞いて、胸があつくなりました。
その感動を自分なりに書きたいと思いつつ、どうまとめていいのかわからず一週間考えてやっぱり、どうにもまとまりませんね。
まとまらないものはまとまらないままでも、いいのじゃないかとおもいつつ、ずっとこの一週間考えている時に頭の中でエンドレスでなっている、ゆずの「REASON」で赦していただこうと決めました。
歌詞はこちら

・・・向かい風と知っていながら、それでも進む理由がある。
  だから、友よ、老いてく為だけに生きるのは、まだ早いだろう…

それではみなさま、また、うどん県で

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ハーネスと魔女の宅急便と「養育責任の社会化」(その3)

こんな暢気なブログをゆっくりぽちぽち書いている間にも、神奈川県厚木市で7歳の男の子の白骨化した遺体が発見されるという、とてもかなしい事件が発覚しています。子供を一人自宅に閉じ込めていた父親が、ある日戻ったら子供が死んでいたので怖くなってそのまま逃げたと供述しているらしいのですが、詳しいことはまだまだよくわかりません。児童相談所も小学校に入学しているはずの子供の所在を最後まで確認せずに、除籍していたなど、ずさんな対応が問題になっています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140531/k10014880641000.html

この件については、まだ何もわかりませんが、親子が孤立状態であったことは間違いなさそうです。他のネグレクトや虐待事件でもそうなのですが、「孤立」といっても、物理的に誰も周囲に人がいなかったわけではなく、実際には、家族や親族、近所の住民や福祉関係者や医療者など接触のある人間は存在していて、それでも困窮していること、そこまで深刻な状況にあることが認識されていなかったということが、最悪の事態に至らしめるというのが実態のようです。
「もっと早く対応していれば、救えたかもしれない」そんなセリフさえ聞き飽きたと思わされます。

こんな事件に対してさえも、「親は、本当に困っているなら、自分から助けを求めるべきだ」「色々な制度があるのに、それを調べようともしないのは親の努力不足」という批判が必ずありますが、本当に困っている人というのは、そういう制度について調べたりすることがそもそも出来なかったり、「他人に迷惑をかけたくない」と、自ら社会や周囲とのつながりを断ってしまう人も多いのです。
自分も行政に助けを求めて冷たい対応された経験があったり、そういう話を聞いたりして、他者や社会を信頼することが出来ない場合もあります。親がそうして孤立していると、子供も他者や社会を信頼できる存在と思うことも出来ないでしょう。

悲惨な虐待報道にふれ、なんとか助けられなかったのかという後悔から、養育能力のない親、自覚のない親を「失格親」として子供を強制的にひきはなし、親権をうばうべきだという話にもなりがちです。
養育能力のない親、資格がない親というレッテルを貼られることを恐れて、望ましい支援を受けることを拒絶する親も多く、その結果、取り返しがつかない結果を招く場合もあります。
児童相談所や児童養護施設などは、子供を親から取り上げるところではなく、一時的に預かって、生活を立て直すために必要な手助けをしてくれるところです。間違ったイメージや認識が広がることで、助けを必要としている親子が、さらに孤立を深めてしまう恐れがあります。
すべての子供が必ず実の親に育てられるべきとは言い切れませんが、原則として、子供を社会で育てるということは、「親子ごと家族ごと社会が支える」ことであるべきです。
なぜ周囲に助けを求めなかったのかを非難するより前に、私たちは、信頼されるに足る存在だったのか、本当にSOSは出されていなかったのか、気づいていなかっただけではないのかを反省するべきだと思います。しかし、では具体的にどうしたらいいのか、いったいなにをどうしたら救えるのかは、まだわかりません。

ただ少なくとも言えるのは、ハーネスだの、ベビーカーだの、スマホのアプリだの、そんなことをあげつらって「虐待じゃないか」とか「近頃の若い親は・・・」と嘆いたり、実際に子育てしている人たちに説教したりするより、色々なやり方があって試行錯誤しながらがんばっている人を静かに見守ることのほうが有効であろうということでしょう。
もし電車の中などで泣いている子供を抱えて困っている人がいたら、なにか手伝えることがあるかと直接きくか、なにもしなくても、子供に微笑みかけるだけでも疲れている親は救われるかもしれません。
ちっちゃな魔女見習いのキキを育てた町の人々ならば、きっとそうします。
町の人々は「キキの鈴」の音に耳を傾け、ちっちゃなキキは今日も元気だね、どっかで落ちてないかね、最近音がなることがすくなくなったねと、いつも気にかけ注意をはらっていたのでしょう。
私も、なにかが出来るわけでなくても、小さな変化や喧騒にまぎれてしまいそうなSOSを見落とさないようにしていたいとおもいます。
そして、いつか親子が本当の自立…便利なグッズや支援制度や人の助けを上手に利用して自信を持って生活できるようになること…出来た時、しみじみと「あの鈴の音」を懐かしくさみしく思い出すでしょう。


「養育責任の社会化」という途方もなく大きな課題を考えた時、ど素人のいち主婦でただのアニメ好きな私が最初に持ったイメージが、「あの鈴の音」だったのは、おそらくこんな理由ではないかと思います。
「あの鈴の音」は、町全体で、未来の担い手である子供を見守り育てるために、共有できる情報であり、手段のイメージです。具体的に自分の町ならば何に置き換えられるかを考えてみるのも、考える手がかりになるかもしれません。

以上ながながながながと駄文失礼しました。ここまで付き合って「おいおい、こいつなんもわかってないやん!」というご意見大歓迎です。全く手探りの状態なので、どんなつっこみでもありがたいです。


さて以下は余談ですが、キキを見守ってきた鈴は、その後どうなったのか。原作によると、一年間の修業を終えて、一旦町に帰ってきたキキは、一人暮らしを始めたコリコの町で改めて暮らすことを決意し、両親に告げます。そのあと、コキリさんと一緒に鈴を取り外し、大きな鈴のひとつをきれいに包んで持たせてくれたのでした。
「もう使うことないのに」というキキに意味深な微笑みを返す母。

で、さらに余談というかネタばれ注意ですが

大人になって、飛行クラブのトンボと結婚し、双子のちっちゃな魔女に恵まれるのだそうです。
今度は、キキが高い木のてっぺんに、鈴をつけてあげたのでしょうか。
こんな「連鎖」なら、大歓迎ですよね。


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ハーネスと魔女の宅急便と「養育責任の社会化」(その2)

 
ジブリアニメの「魔女の宅急便」は、「女性の自立」をテーマに作られました。
主人公のキキは13歳の魔女ですが、魔法は「空を飛ぶこと」それだけしか使えません。そして、それさえ、満足ではありません。魔法の箒はすぐにバランスを崩して制御不能で暴走したり、数十メートル上空から落下したり、とても危なっかしいのですが、そのたったひとつの才能を武器に仕事をはじめて、親元を離れ誰も知る人のいない町で暮らさなければなりません。それは、「絵を描く」こと以外に何もない自分そのものでした。
この「」の中身が人それぞれ違うだけで、自分の強みを活かして仕事をしても、うまくいくことの方が少なくて、失敗ばっかりで自信を失ったり、生きていくことの難しさや社会の厳しさや、でもうまくいった時の喜びや新しい友人を得る幸せを多くの人が経験して知っているから、多くファンの共感を得たのだろうと思います。

13歳のキキは、全くつてのない大きな町で一人暮らしを始めるのですが、実は「空を飛ぶ」以外のおそるべき才能を持っていて驚かされます。それは「自分と他人を信じる」ということです。
ともかく、傍から見て非常に危険がいっぱいの飛行能力で空を飛ぶのですから、その「自分を信じる力」は半端なものではありません。突然力を失ったら、完全にコントロールを失ったら、それは本当なら「死」を避けられないでしょう。死をも恐れない超絶ポジティブさです。
そのうえで、「お届けものやさん」を始めます。お客さんから大事な「届け物」を預かって届ける…落としたりぶつけたりしたら弁償しなくてはいけませんし、十分にコントロールできないのに、決められた宛先に決められた時間に届けることができると言う根拠のない自信だけが頼りです。訴訟の多い私たちの社会なら、まず周囲が全力で止めたことでしょう。

もうひとつは「他人を信じる」力です。
初対面でいきなり、その日の宿にも困っていた自称「魔女」に「気に入ったから」という理由で住まいを提供するおソノさんもオソノさんですが、そのおソノさんや無口でがたいの良いご主人も、非常にあやしく、とても信用できないのが普通ではないでしょうか。
非常に疲れ果てていて、正常な思考力がなかっただけなのかもしれませんが、キキは素直に喜んで住みはじめ、その場で商売も始めます。その他にも、キキは「一般的信頼」がとても高いといえる場面がいくつもあります。

一般的信頼というのは、「たいていの人は信頼できるので特に用心する必要はない」と考えることです。
一見、ただの世間知らずのお人好しで、すぐに犯罪に巻き込まれたりしそうにおもいますが、実際には、信頼できる人かどうかを瞬間的に見極める能力に長けているという話もあるそうです。キキもそうなのかもしれません。実際、キキが出会った人たちは皆良い人ばかりで、キキに協力的ですし、キキも周囲に助けを求めるのがとても上手です。
「自立」とは、自分以外の誰も何も頼らずにひとりでがんばることじゃなく、自分の強みを活かしながらも、周囲を信頼し、上手に頼ったり頼られたりすることができることなんですが、13歳のキキは、旅立ったその日から『自立』していたんですね。
なぜなんでしょうか。
アニメの中ではあまり描かれていない、キキの成育環境に関係ありそうです。


ところで、ジブリアニメ「魔女の宅急便」は、角野栄子作の同名小説が原作であることは言うまでもないことですが、原作とアニメはずいぶん違う内容のようです。アニメ化に際し原作者が宮崎駿氏に唯一お願いしたことは、「キキの旅立ちの日、鈴を鳴らせてほしい」ということだったそうです。
アニメの中では、あの冒頭のシーンだけに登場する鈴ですが、作者にとっても重要なものだったことがわかります。
アニメの中では説明がありませんが、あの鈴をつけたのは、キキの母親であるコキリさんです。10歳から魔女見習いとして箒で空を飛び始めたキキですが、その力はおぼつかないのに注意力散漫で、他のことに気をとられると箒が下がってきていても気づかず、電柱にひっかっかってしまいそうになるからで、町じゅうの高い木々に大きな鈴をつけておけば、箒の高度が下がって木に足をひっかけても、鈴が鳴るので気がついて、電柱や他の建物にぶつかることを防げるからです。幼いキキを守ることだけじゃなく、おそらく、キキの墜落や暴走で村人に危機が及んだり、村人の財産を守る意味もあったのでしょう。

アニメの中でも、町の中で暴走して渋滞や事故を誘発したり、騒ぎをおこしているし、それは村でも同じだったに違いありません。建物や作物を傷つけたり、家畜を驚かせたりしたことでしょう。鶏は玉子をうまなくなったり、牛は乳がでなくなったり、そんなこともあったかもしれません。
そもそも、魔女の子とはいえ、そんな危険なことをさせていること自体、どうかしていると思います。木々に幼い女の子が激突したり足をひっかけてきりきり舞いしたりしていることを知らせる鈴の音を、村の人は、「キキの鈴」を名付けて愛していたのだと思います。そうでなければ、「あの鈴の音もとうぶん聞けないなあ・・・」というセリフができくるはずがないからです。
そう、あの「あの鈴の音も・・・」は、アニメ「魔女の宅急便」のなかで、村人たちがキキの育ちを家族と一緒にいかに静かに見守りってきたかを、たった一言で表現しつくしている。だから、「来る」んですねえ・・・(もうなんか涙がが・・・)

キキが生まれ育った町は、コキリさんとキキ以外は普通の人間ばかりです。
魔女と言えば「悪いたくらみをする」として嫌われることも多かったのに、この村の人たちはコキリさんを
「魔女って時計にさす油みたいな存在よ、いてくれると町がいきいきするわ」といって歓迎し、魔女の子育てを見守ってきました。高い木と言う木のてっぺんにつけられた大きな鈴がなるたびに
「また、ちっちゃなキキちゃんが足を引っ掛けたのね」と目を細めて。
おそらく、それはキキが魔女の子だから特別だったのではなく、他の子供たちも同じように育てられてきたのだと想像できます。
キキは小さな時から、町の人が助け合い、美味しいものなんかを「おすそわけ」をしあって暮らす様子を見て育ち、自分もお手伝いをしたり感謝されたりしてきました。キキにとって、大人や社会は、心から信頼できる、安心できる存在であり自分が肯定される場所だったのです。

もし、町の人が魔女に心を開かず、悪しき存在として阻害していたらどうだったでしょうか。
そんな小さな子を箒なんかに乗せて飛ばせるなんて危険すぎる!町じゅうのの木に勝手に鈴をつけるなんて非常識!電柱や家や畑や家畜の被害をどうしてくれる!!そんな風にバッシングされていたら・・・
コキリさんは、キキに飛行魔法を禁じていたかもしれません。キキは、魔女と言う異端の存在である上に魔法も満足に使えない自分なんか…と自信も持てなかったでしょう。また、親に冷たく当たり阻害する町の人や社会を恐れ、「人に迷惑をかけてはいけない」と、自ら社会や他者とのつながりを断ってしまったかもしれません。
キキがひとりで町を出た時
「あのうるさい鈴の音が聞こえなくなると思うと、せいせいする。やっと平和が戻ってきた!やれやれ」と言われたら、「魔女の宅急便」は一体どんなお話になっていたでしょう。
オソノさんの申し出をうけず、絵描きさんとの交渉もならず、パイのおばあさんとの出会いもなく、トンボのピンチに、デッキブラシを調達することも出来ず、トンボを失い、社会と人間を呪い、ソウルジェムも真っ黒になって本物の人に仇なす「魔女」になっていたかもしれません(違)

「多様性を尊び、お互いさまで助け合い、余計な干渉はしないで黙って見守る」
当たり前のことばかりだけど、なかなか出来ることではなさそうです。私たちは、ついつい逆のことばかりしてしまう。他の人と違うと言われることを恐れ、自己責任を求められ、なにかにつけて駄目だしされる。
なにか強みがあったとしても、失敗を許されなければ試してみることすら出来そうにありません。


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ハーネスと魔女の宅急便と「養育責任の社会化」(その1)

ツイッターのタイムラインに、友人夫婦の一歳になったばかりの男の子が、ハーネスつけてお散歩にいったよというつぶやきが流れてきました。お外にでたい盛りの男の子とかわいいリュックについたハーネス。とても微笑ましい姿です。

ハーネスといえば、1~3歳くらいの子供の背中に迷子や飛び出し予防のためにつける紐です。アイテム自体は、もうずいぶん昔からあるけれど、子供をペット扱いしているようだという批判が多く、日本ではいまいち普及していません。ハーネスもハーネス批判も、昔からあって珍しくないのだけど、今週はテレビで取り上げられ、批判的なコメンテーターのツイートが注目されるなどで、にわか話題になりました。


今回は、ハーネスだけど、今までも、電車の中でのベビーカー利用や、子連れの新幹線や飛行機の移動、事件にもなったベビーシッターのマッチングサイトなどに対して、「親の手抜き、愛情不足」「親の都合や楽しみのために子供をふりまわしているだけ、子育て中は我慢するのが当たり前、わがまま」「虐待じゃないか」「社会への迷惑を考えろ」などなどと、子育て世代に対して厳しい意見が目につきます。
便利なグッズやサービスは、上手に使って、大変な子育てを少しでも余裕をもってやっていくことが、虐待予防にも一番大事なことだと思うのだけど、子育て世代に厳しい人たち自身も、それぞれ事情があったり、理由があるのだろうと思うと、社会全体が経済的にも精神的にも余裕をもてるようになっていかないと、同じような議論はターゲットが変わるだけで続いていくことだろうなと思われます。
しかし、そんな厳しい声の主たちも、若いパパママをいじめたいわけじゃなくて、小さな無力な子供を育て上げることへのプレッシャーに、日々のお世話の悩み…おっぱいを飲まない、食べない、寝ない、言葉が出ないなどの発達の悩み、孤立感、無力感、経済的不安や将来が見通せない閉そく感など、子育て世代のしんどさがわからないわけじゃなくて、むしろ、なにがしかの力になりたくて、自分の子育て経験からアドバイスしようとしていたり、養育能力のあやしい親から子供を守ってやりたいという思いからの遭えての苦言でもあるのではないかと思います。
子供は、親にとってだけじゃなく、社会全体にとっても将来を担う存在です。親任せにせず、社会で、育てていくべきだと考えが広がりつつあるのでしょう。
後を絶たない虐待や機能不全家族、近頃、注目を集めている「子供の貧困」も、親任せにして放置していては連鎖を断ち切ることはできません。しかし、そういう問題は、一言二言で説明がつかない理由や背景が複雑に絡んでいて、素人が、自分の経験だけでアドバイスしたり、批判して解決することはないでしょう。
私たち「外野」の人間が、子供たちに対して、子育て世代に対して、すぐに出来ることはなんなんだろう・・・
そんなことを考えるようになり、最近「大阪子どもの貧困アクショングループ」の勉強会に参加したり、関連の本などを読んだり、いろんな人の話をきいたりしています。
そして、メディ・カフェでも「養育責任の社会化」をテーマにしてワークショップをやりたい!と強く考えるようになりました。

さて、「強く考えるようになった」といっても、具体的にどうしたらいいのか・・・がまだ決まっていません。というか私自身が「養育責任の社会化」について、まだほんとに、うすぼんやりとしたイメージしかつかめていないのですから困ったものです。

そんな中、弱い頭を絞って、あれこれ考えている時に、ふいに浮かんできたのがスタジオジブリの「魔女の宅急便」でした。なぜ?魔女宅??自分でも不思議でした。
じつは、「魔女の宅急便」は、ジブリ作品の中でも、一番個人的に思い入れがあるアニメーションです。ちょうど美術系の短大を卒業し、陶器の絵付けをする仕事をするため、生まれてはじめて親元を離れて寮生活をしはじめたころに映画館で見て、非常に感動して、お金なかったけど何度も映画館で見て、当時は1万円以上したビデオも買って…。
この作品を好きっていう人は多いけど、私のように、「最初から最後まで何度でも泣ける」というのは少数派らしく、一緒に見に行った友人にも怪訝な顔をされたものです。
私が、この作品の中で一番好きなのは、冒頭の生まれた村を魔女見習いのキキが飛び立つところ。
古い箒に跨って、勢いよく飛び立ったはいいけど、バランスを崩して森の木に激突。あっちにぶつかり、こっちにぶつかりしながら、でもなんとか旅立っていきます。木々につけられて鈴が、チリーンチリーンと鳴って、その音がだんだん小さくなって、耳を澄ましていた町の人が
「あの鈴の音も、当分、きけなくなるなあ・・・」というところで、私はいつも涙があふれてしまうのです。
なぜだろう・・・自分でもなぜ泣けるのか、そしてなぜ「養育責任の社会化」を考えるときに連想したのだろうかを考えてみたいと思います。


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「答えはない」ということ


知ろう小児医療守ろう子どもたちの会
http://bylines.news.yahoo.co.jp/morikawasuimei/20140519-00035483/ 
の代表阿真京子さんのブログ
患者の立場で医療問題に取り組みたい
イチ母として、ひとりの患者として、出来ることを考えたいという思い持った活動家としては大先輩だけど、何度かお会いして色々お話してなんかすっかり同志!と思っていたけど、第二回の「こたえはないんだ!」http://amakyoko.blog.fc2.com/blog-entry-2.htmlを読んで、あたたかくも簡単な言葉で、すっと理解出来るブログを読むと、ああやっぱりまだまだ阿真ちゃんにはかないませんっと思います。

具合が悪くなって病院に行ったら、お医者さんに診てもらいさえしたら、検査をしたら、何の病気かはすぐにわかる。診断がつけば、治療法もすぐわかる。そう思っている人は多いと思う。かくいう自分も以前はそうだった。でも、ど素人なりに医療のことを知るうちに、阿真さんと同じく

>今までの長い長い医学だったり先生の経験だったりで、目の前の患者さんを治すために助けるため>に最適と思えるものを選んでいる。選び取っている。
>答えがはじめからあるわけではない、

症状や検査、問診などの診察の結果、可能性のある病気の中から、より可能性の高いもの、より緊急性の高いものと考えて絞っていく。どんな治療が有効なのかも、実際に治療をしながら、変化をみて選ぶ。最初はうまくいっているようだったのに、途中から様子が変わることもあるし、結果的に良くならなかったということもあったりする。
診断や治療が難しい病気だと、そんな過程が長くて不安になることもあるけれど、医師を信じて答えを探す努力を患者側もしなければと思う。
でも、患者は苦しいし辛いし、早く助けてほしいと思うもので、だからこそ、患者になる前に、健康な時に、からだのこと、医療のこと、医療を取り巻くさまざまなことを知っておきたいと思う。

「からだのこと、医療のこと、医療を取り巻くさまざまなこと」ってなんのことなのか。

それはね、つまり
>正解はない、ということ。

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「ごちそうさん」で復習する「人間行動に潜むジレンマ」

岡檀著「生き心地の良い町~この自殺率の低さには意味がある~」を読んで、関連があると思った
大浦宏邦著「人間行動に潜むジレンマ~自分勝手はやめられない?~」を再読
色々と関連するキーワードは浮かぶのだけど、どうまとめていけばいいのか、ここ数日うんうんうなっていたのだけど、先週の「ごちそうさん」の内容が、「これって社会的ジレンマってやつじゃないの??」という話で、頭を整理するのにちょうどよかったです。

「これ」ってつまり、先週のごちそうさんの副題「貧すれば、うどんす」
あらすじは、こちら

太平洋戦争が始まった昭和18年、あらゆる物資が不足し、配給に並んでも乏しい食料しか手に入らない中、め以子は、食料をやりくりして近所の子供たちにもおやつを食べさせていて、人々から「ごちそうさん」と呼ばれていました。
しかし、誰かに闇で食料を買っていることを告げ口されてしまい、せっかく高いお金を払って買った大事な米も、取り上げられたり、近所の人たちに嫌みを言われたり、いけずをされて嫌気がさして、もう誰かに食料を分けるのはやめる!といいます
その上、その近所の人のひとりを密告者と決めつけ、とっくみあいの喧嘩までして、相手に風邪をひかせる始末。

同じころ、め以子の親友桜子の夫で、童話作家の室井は、ラジオの朗読劇で、神風が吹いて「おでん皇国」がポトフ連合に勝つという戦意高揚のために作った童話をアドリブで、海中の火山が噴火して、両軍の具材は全部投げ出された海があたたまり、おでん皇国の昆布はんのだしでまろやかに煮込まれてしまうという話しにしてしまいます。

ラジオを聞いていため以子は、町内会で、食材を少しずつ持ち寄って調理する「合同炊事」を呼びかけ、食糧難を乗り越えるのでした。


自分の家だけでは、満足な料理を作れるほどの材料も揃わないし、燃料も乏しい。それぞれが出せるものをだしあったら、出来る料理もあるし、燃料も節約できる。良い戦術ですよね。
美味しく食べて温まるだけじゃなく、情報の交換も出来そうですし、ギスギスいけずしあっている間はわからなかったお互いのことが、腹を割って話し合うことも出来て、誤解が解けたりもします。
知り合いになって、運命共同体になれば、密告などの「やり返されたら困るような」やり方もしにくくなります。むしろ、外集団からの攻撃や警察の取り締まりへの対策でも、協力しあえるかもしれません。

合同炊事の場である「喫茶うますけ」は、この町内会の社会関係資本の「貯め」の場になるのだと思います。社会関係資本は「信頼」「互酬性の規範」「ネットワーク」からなる社会の潤滑油だ、「人間行動に潜むジレンマ」の著者が、ちょうど同じNHK朝の連続ドラマ「ゲゲゲの女房」のこみち書房についてブログで書かれています。

そんなふうに、食材や炭を提供することで、提供したもの以上の利得がいつもあれば、このやり方はかなりうまくいくと思います。
しかし、今後も続けてやっていこうとおもったら、いろいろ規範をきめていかないと近いうちにもめそうです。
持ち寄る食材など自由では、同じものばかり重なったり、少しの供出で家族10人分食べる家があったりとか、こっそり持ち帰って参加していない人に横流しする人とか・・・
そんなことが増えてくると、たくさん供出してくれる人ほど利得が無いからと、共同炊事から抜ける人がでてきて、共同炊事が成り立たなくなりそうです。
なので、しっかりした「規範」をつくり、規範を守らない「裏切り者」を発見して罰(サンクション)を与えようということになっていくでしょう。
5人家族だったら、最低限これだけは供出すべしとか、貴重なものは持ち回りで準備するようにとか。
しかし、時代が時代、食べ物も燃料も、さらに手に入らなくなっていきます。闇で入手できる余裕がない家は、協同炊事からさえも抜けざるをえなくなるでしょう。
つまり、それは社会関係資本をも失うということです。

経済的に行き詰まり、体を壊したり年をとったりなどで社会に協力することが出来なくなった時、つまり、協同炊事の場に何も持って行けなくなった時、私たちは、本当に孤立し、困窮してしまいます。
もともと、配給のもらいが少なかったり、貧しくて闇買いも出来ない、病気がち、あるいは最初から地域でも孤立している家などそうなりがちでしょう。そういう家や人を「弱者」として切り捨てていくのはやむを得ないことかもしれません。
しかし、いつ、どんなことで、働き手や資産を失うか、誰にもわかりません。自分がそうなった時に、困るような仕打ちは出来るだけしないほうが得かもしれないし、やけくそで闇買いその他を密告されても困ります。
それに、合同炊事には来れなくても、火災が起きれば消火は協力しなければならないし、他にも、「町内」という家族ぐるみで長年つきあってきて、おそらく今後も付き合いのある知人は、協力をお願いしたい場面はあると思われます。
なので、出来る限りは「寛容」であるほうが、自集団の利得のためには良いのではないかと考えます。

しかし、そうはいっても、やっぱり「ごちそうさん」の世界はかなり暢気ですね。
本当にもっともっとモノがなくなって全員が生きるか死ぬかの瀬戸際に立ってしまったら、「協力」も「寛容」もなにもなくなるでしょう。余裕がなくなってしまうと、協力しあえる関係がなく、利得にならないので、「お互いに非協力」が安定するわけですから。
でも、だからこそ、出来るときに「社会関係資本の貯め」を作っておくべきなんだなと改めて思ったのでした。

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「辞められる」ということ

今日から9月。明日から新学期だというのに、いまさらですが、夏休み中にあった親の会のイベントで、とても興味深いお話を聞いたので、思うことを書いてみようかと。
まあ、私の「夏休みの宿題」です。

毎年、親の会のイベントで色々な人をお招きして、講演していただきます。
今年は、ある福祉事業所の職員で、ご自身も8歳年下の障害者の弟がいるという男性。
弟が生まれた時のこと、中学時代は障害児の弟がいることを友達に隠していたこと、家が、支援学校の生徒の溜まり場になっていて、自分の見たいテレビが見れなかったり、おしっこを漏らす弟の友達の世話をしたり、夜の点滅信号を毎日見に行くという自閉症の子の拘りに付き合わされて腹が立ったことなど、そして、親に連れて行かれたサマースクールで、弟たちと接する支援学校の先生たちの熱意や、親の先生方への信頼のあつさに感動して、障害者福祉に関わる仕事を選んだことなどを話していただきました。
夜の点滅信号の話は、車に彼を載せて見に行くのだけど、コースが決まっていて、思った通りにいかないと車の中でパニックを起こして運転ができなくなるので、はじめのうちは自分も楽しんでいたけど、だんたん嫌になってしまったと。それでも、就職したあとも、帰宅するのを家で待っているので、仕事が終わってから長らく付き合っていたという、大変、お疲れ様ですなお話でした。

そのお話の最後に、その方から親に向けて、二つの質問がありました。
ひとつは、自分が子供のころ、障害者の親の集まりはあっても、兄弟同士が交流し合う場はなかった。そういうものがあったら、もっと救われただろうと思うし、そういう場を作りたいがどうしたらいいか、ということと、福祉に進むと決めた時、母親から「福祉職員や学校の先生は、辞めることができるけど、親や家族は辞めることが出来ないということを忘れないように」と言われたが、10年以上たっても、その言葉の真意が、未だによくわからないでいる。正直、この言葉に縛られて苦しいと思うこともあるが、皆さんなら、どう考えるか?というものでした。
きょうだい会の集まりや取り組みについても興味深いのですが、もうひとつの「職業は辞められるけど、親は辞められない」ということについて、当日も発言させてもらったんですが、そのあとも思うことが色々あったので、ここで、改めて自分の考えを纏めてみたいと思います。

その方のお母さんが、実際、どういう意味で仰ったかは別として、この「職業は辞められるが、親は辞められない」という言葉には、様々な含意があると思います。
親が子供の親であるということは、障害児の親に限らず、親子であるなら誰でもそうです。離婚し、子供を置いて家を出ても、親子であるという現実はかわりません。親としての責任を放棄しても、職業を辞めるように、親を辞めることはできないのです。

職業ではないので、決まった勤務時間も休日もないし、どちらかが死ぬまで、終わりはないです。自分から望んだわけでもないのに、仕事や未来像を諦め、社会や周囲から非難されたり、神経をすり減らし、何故自分だけが・・・という思いにとらわれてしまいます。
先が見えない、見通しが立たない不安や焦りや絶望が親を追いつめ、虐待や心中といった悲劇の原因にもなります。
望んでそうなったわけでもないけれど、能力があったから選ばれたわけでもないので、実際、養育していく能力がもともと欠けている親もいます。(親に、もともと障害があったり、親の生育環境が劣悪であったり、親だけの力ではどうしようもないことも)
もちろん、わるいことばかりではなくて、障害のある子を育てる喜びもあるわけで、「辞めることが出来ない」ことだって、他に選択肢がないほうが受け入れやすいということもあります。

「辞めるという選択肢がある」ということは、時に、人を迷わせるのです。

障害者の弟がいて、家には弟の支援学校の仲間がいて、親は将来グループホームを作りたいなどと言っている環境で育ち、敢えて、福祉の道に進んだ人でも、長く務めている間には、悩むこともあるし、人生の岐路に立たされることもあったと思います。その時に、親から言われた言葉が「重荷だったこともある」と仰ったこと、とても重い言葉だと思いました。
親の中にも、「やる気のない教師や医者や職員は辞めてしまえ」と拳を振り振り叫ぶいう人もいますが、私は別の意味で、やはり「辞めることができるんだから辞めてほしい」と思っています。職業選択は自由です。数ある職業の中から、人の為に働くということを選んだとしても、仕事は人生の一部に過ぎません。個人や家庭の幸福より優先されるものではありません。当然、心身の健康を害してまで全うするようなものではないのです。ましてや「やる気がないならやめてしまえ」なんて仰る向きの為に犠牲になどなってはいけません。
ただ、その心情だけは理解していただきたいとは思います。なぜなら、かくいう私だって、以前はそう言っていたかもしれません。私は幸運なことに、ネットを通じてですが、職業として選んでこの世界に来て下さった、医療や福祉に従事する人々と出会い、多くの友人を得ることができたおかげで、今の考えがあるのです。
医療、福祉、教育、どの業界を見ても、数々の問題の原因は従事者の「やる気」の有無ではなく、逆に従事する人々の熱意や使命感をあてにして、無茶な構造を作り上げてきたという現実も知ることができました。熱意や責任感のある人ほど、燃え尽き、外野の心ないバッシングに心を折られて心身の健康を蝕まれていたのです。
また、個々の様々な事情でも、現場を離れざるを得なかった人たちが、周囲からも責められ、自責の念にかられ続けています。

ある小児科医の知人は、お父さんの医院を継ぐために30代半ばで勤務医を辞めましたが、小児救急の窮状を訴える記事や番組を見ると「私は、あそこから逃げてきてしまった。困っている子供たちやまだ残って頑張っている仲間を見捨ててきたんだ」という思いから、動悸や吐き気がしてしまうと言っていました。私からすれば、発達障害支援センターのない時代から、個人で開業し、自閉症などの療育をされてきたお父様の跡を継ぐという決意もなみのことではありませんし、働き方や関わり方が変わっただけで、そこまで自分を責めることなどないんです。それに、自分の子供を産みたいという希望だって、是非叶えて欲しいと思います。
彼女だけじゃなく、そうして出会った医療者や福祉従事者である友人知人のことを一人一人思い起こすにつけ、みんなそれぞれ個人の、家族の幸福を願わないではいられません。
せっかく、それほどに優秀で、また努力と研鑽とで身に付けた専門性の高い技術や能力なのだから、まずは、自身の幸福の為につかってほしいです。その上で、社会貢献を考えてくださるならば、自分自身を有限な「資源」と考えて、いかに有効に活用するかを考えるマネージメントが重要でしょう。

「辞められる」ということが重荷になるのは、おのおの個人の気の持ちようでもありますが、医療や福祉などの社会福祉を私たちがどう考えるかということでもあります。
何事につけ始めようとするとき、辞められる自由があるか?ということは、ネックであったりもするので、辞められるということが重荷であっては、どの業界も先細りは已む無しといえるでしょう。
でも、私が一番思うのは、自分たちがお世話になっている世界が、誰かの犠牲や使命感によってしか成り立たないなんて嫌だなあということなんです。講演してくださった方のお母さんも、息子に「障害者福祉の為に死になさい」と仰っているわけではなく、むしろ、「本当に辛くなったら辞めなさい」という意味なのではないかと考えています。というか、私なら、そう言うと思います。

ってことで、他にも、さまざまな解釈があると思いますが、私の場合はこう思うと、実際には、もう少し?かいつまんで話したつもりですが、十分長かったかもしれません(汗


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