「障害児」とつきあう感性 (1984年)
「障害児」とつきあう感性 (1984年) 宮崎 隆太郎 ルガール社 1984/09
もう24年前に出版された本。
夫と出会って、最重度の障害者の弟がいるといわれ、悩んでいたときに手にした何冊かの一冊。
内容は、大阪で統合教育をすすめていた宮崎隆太郎先生が、統合教育に取り組んできた教師たちの奮闘を、成功例失敗例交えて紹介したものです。
どの話もとても興味深いのですが、今日は最後に書かれた宮崎先生自身のお話を紹介します。
ノーマライゼーションが声高く叫ばれていた当時、統合教育を目指して取り組んでいた先生の学校へ、ドキュメント番組をとりたいと取材班がやってきました。
そして出来上がった番組は、学校で障害児も健常児もともに学び、遊ぶ姿が映されていました。なかでも、遠足でなかなか歩こうとしない障害のある子を、同級生たちが手を引っ張ったり、背中を押したりして一緒に歩きとおす姿は感動的なものでした。
良い番組が出来たと得心していた先生に、取材していたカメラマンから手紙が届きます。
手紙には、自分は障害児と健常児が本当に一緒に教育を受けることが出来るのか?と疑問を抱いて取材に望んだが、取材を通して、自分の考えは間違えではなかったとおもった、という先生にはショックなものでした。
カメラマンが遠足に同行したとき、知的な障害のある子が友達の弁当に手を突っ込んでおかずを食べてしまったのに、知らん顔をしているそのとられたほうの子に
「何故、怒らないんだ?」ときいたら、
「だって、こいつはあほやから」という答えが返ってきたのだと。
そして、あの番組のビデオテープを送るので、もう一度見て欲しいということでした。
先生は、もう一度番組を見直しました。そして、遠足の場面でショックをうけました。
それは、あの歩かない子を数人で手を引っ張ったりして歩いていたあの感動の場面で、手を引っ張っている子たちは、みな、そのこの洋服の袖を伸ばして上からつかみ、直に触らないようにしていたのです。
子供は、残酷で、そして利口です。
大人が、何を望んでいるのか、ちゃんとキャッチし、その通りにやってみせます。でも、それが真実の姿だと思っていると、大きな間違いになるのです。
人権教育の時間に、差別について作文を書かされたら、どう書くべきか皆知っています。だからといって、差別をしないかというと違うのです。
障害のある子と仲良くしましょう、理解しましょうと大人が言えば、子供はそれに応えてくれます。でも、本当の理解は、そんなうわべっつらな奇麗事ではうまれません。
子供たち自身の成長よりも、どこかの団体に言わされているような教育では、この壁は越せないのです。
ただ「仲良くしましょう」「差別しちゃいけません」では、子供たちは表面上繕うことを覚えるだけです。ましてや、健常児に我慢や理不尽な感情を起こさせていては、わだかまりが大きく見えないところで膨らんでいくだけです。
児童精神科の先生は、通常学級の中に障害児をいれたときに、健常児が「障害のある子と一緒にいて自分たちが損をしない、というか、得なこともあるな」と思うようにもっていくことが大事だとおっしゃいました。そのためには、親は、わが子の権利ばかり主張しないで、クラスの子達の気持ちにも寄り添うことが必要なのだとおもいます。
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