« 杯中の蛇影と不信という病 | トップページ | 「つばめの会」誕生に寄せて »

あひるよ、なくな~いのちの繋がりを信じて~

もうがんばれないと思ったときに、いつも読み返す詩があります。
それは、ある小学5年生の男の子が書いた詩です。

少年のお母さんは、目と耳が不自由で、お父さんが亡くなってから生活保護を受けていました。
黒いめがねをかけ、杖をついて歩けば、学校でいじめられるからやめてという子供が不憫で、もういっそ一緒に死んでしまおうかと考えましたが、こどもは「お母さんの年まで生きてみたい」といいます。こどもを残して死ぬこともできず、苦しい日々を送っていたとき、新聞で、思い脳性まひながら、唯一動く足の小指でキーをたたき、素晴らしい詩を書く青年のことをしりました。
そしてお母さんは、「生きる勇気を与えてほしい」と、その青年に手紙を書きました。
青年は、社会の厳しさをしらない自分なんかが何を言えるのかと悩みながら、最後にはただ、生きていて欲しいという願いをこめて、お母さんが障害者だからいじめるのは、いじめるほうがわるいのだから、くじけてはいけないと、詩をそえて手紙を書きました。
 

あれは とおいむかし
ぼくは ぜろせんの もけいを
ははに しつこく ねだった
ぼくの わがままに 
ははは ぼくを しかりつけた
なんで しょうがいしゃに うんだんや
ぼくは ことばを ぶつけた
ははは なんにも いわず ないた
それまで いちども なきがおを みせなかったははが ないた



自分の苦しさや辛さは、母親の苦しみでもあることを、青年はこの時、初めて子供心に知ったそうです。
その手紙と詩集をうけとった少年のお母さんから、さっそく返事がきました。そうして、この母子と青年の文通が始まりました。
1年後、小学5年の少年は、こんな手紙を書きました。
「ぼくは、お兄ちゃんと知り合って一年あまりになります。それまでのぼくは、つらいことばかり。こんな世の中を誰が作ったのかとにくらしく思う。毎日毎日泣いてばかりで、あの当時のぼくは、大きな池の中で溺れて死に掛けていた気がする。そこへお兄ちゃんが、大木を投げ入れてくれました。必死につかまって助かったんです。」
そして、青年に習って詩を作りました。

アヒルよ なくな

 うちの近くの池に
 やどなしのアヒルが
 二匹いる
 飼い主は、
 遠くに引っ越して行ったと
 きいた。
 おきざりになった
 アヒルは、
 夕方になると、
 かなしそうな声で
 グワーッグワーッグワーッ
 とないている。
 寒くて
 池の水が凍った時、
 動けなくて
 ないていたアヒル
 ぼくはかわいそうで
 パンのみみをやったのに…
 水がこおって
 泳げなくて
 グワッグワッグワ
 となく。
 「早う来い。氷の上をかけて来い。」
 とおもわずさけんだ。
 アヒルは
 ぼくの方へこようとする。
 でもアヒルは
 これなかった。
 少しの水たまりで
 行ったり来たり
 するだけだった。
 ぼくに
 小屋を作ってやることができたらなあ…
 と思いながら、
 帰ろうとすると
 アヒルがぼくをよぶんだ。
 グワーッグワーッグワーッと…
 ふりむいて見た。
 アヒルもぼくを見ていた。
 まめつぶのようなちっちゃな目が
 とっても大きくみえた。
 生きとれよ。
 明日になったら、
 氷がとけるけえよ。
 と言いながら、
 ぼくは
 耳をおさえてにげた。
 アヒルに心をひかれながら。

  

これは、30年ほど前の話です。
なので、この母子と青年を結びつけたのは、郵便でしたが、今ならネットでの交流になるのかなとおもいます。
この母子と青年の結びつきのような出会いを、私は、ネット上で、経験しています。
これを読んでくださっているあなたとの出会いです。
あなたとの出会いを糧に、私は生きています。
私も、あなたのことを思っています。

いのちをつなげていけますように…

|

« 杯中の蛇影と不信という病 | トップページ | 「つばめの会」誕生に寄せて »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1029820/39206672

この記事へのトラックバック一覧です: あひるよ、なくな~いのちの繋がりを信じて~:

« 杯中の蛇影と不信という病 | トップページ | 「つばめの会」誕生に寄せて »