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2011年10月

「つばめの会」誕生に寄せて

今年の8月、千葉県柏市で、親が2歳の男の子にまともに食事をあたえず、餓死させるという、とても悲惨な事件がありました。

男の子は、未熟児で生まれ、NICUに入っていたことがあり、逮捕された父親はかつて、子供に摂食障害があって、工夫して食べさせても受付けなかったと証言していますが、死後の解剖で、男の子の腸から、おむつや猫のトイレの砂がでてきて、空腹の余り口にしたんだろう、と報道されると、親に対して「鬼畜親」「同じ目にあえばいい」という避難が集中しました。
たしかに、この事件自体は、虐待に違いないのかもしれないし、亡くなった子も、のこされたきょうだいもかわいそうだし、この親を擁護するつもりは全く無いけれど、自分自身自閉症児を育て、発達に課題のある子を持つ友人たちの大きな苦労のひとつが、子供の食に関するものであること、とりわけ、「ちゃんとした食事は食べないで、コケや土やプラスチックなどを口に入れる「異食」の存在を知っている身としては、「子供の摂食障害なんて、虐待親の言い訳」とか、「腸からおむつがでてきたんだから、子供はおなかがすいてて、食べたかったんだ」という意見ばかりなのが、なんとも気になっていたのでした。
なかでも、普段、医療事故などのマスコミの偏向した報道姿勢を批判している医療者が、なぜか、この件に関しては、マスコミの報道を鵜呑みにして信じて、親を激しく叩いているのをみて、とても、残念な気持ちにさせられていました。


そんななか、この報道をうけて、摂食嚥下障害の子供さんを育てているお母さんである、パンダウサギさんというかたのツイートは、「子供の摂食障害」の存在と、助けてくれるはずの医療者の無知さと無理解で傷ついて医療不信にいたる親の心情を訴えていて、とても心を動かされたので、togetterでまとめさせていただきました。
この「2歳児餓死事件報道をうけて」というまとめ 
が、2万プレビューを超えて、予想を超える大変な反響をいただきました。
「反響編」とあわせて、3万以上の方のアクセスがあり、2ヶ月たった今も、アクセスは地道に伸び続けています。

事件そのものの報道は、すっかりなくなり、世間の関心も薄れてしまったようなのに、まとめは今でも誰かが見てくれているということで、まとめ人としても、とてもうれしいです。

寄せられたコメントの多くは、「子供の摂食障害(乳幼児摂食嚥下障害)の存在を知らなかった。」「事件の報道の一部だけをみて、誰かを批判することはできないとおもった」「食べない子の親御さんの苦しみは、想像してあまりあるものがある。自分知らずに傷つけていたかもしれない」などの非当事者からの素直な驚きや反省をつづったものや、同じ悩みを抱えた人からの共感のメッセージなどで、多くの人が悩み、傷つき、追い詰められている現実も浮き彫りになりました。
「虐待してしまうかもしれない、自分も、子供を傷つけてしまうしれない」という葛藤を抱いているのに、医療者からも、福祉関係者からも理解されない苦しみから親と子供を救うためにも、「親の会」をつくって、つながりをもとうと、ツイート主であるパンダウサギさんが代表となって、「摂食嚥下障害児の親の会」が設立されたのでした。

会の名前は、「つばめの会」
嚥下を英訳したswallowを和訳して「燕」 嚥下の「嚥」の旁も「燕」ですが、これは偶然らしいです
私は、この名前を見て、最近すっかり嵌ってしまっている漫画「夏目友人帳」の第4話「ダム底の燕」(アニメでは「水底の燕」)を思い出しました。

妖怪を見ることができる夏目少年が、干上がったダム湖にいったとき、燕の妖にとり付かれ、それが縁で、「燕」が夏目にとりついてまで、一目会いたいと願った人間を一緒に探すというお話で、私には、夏目友人帳の中でも、何回読んでも涙がこぼれてしまう大好きな作品です。

ドラマCD「夏目友人帳」から「ダム底の燕」は、ニコニコ動画で聴けます

http://www.nicovideo.jp/watch/sm14338668

「燕」は、ひな鳥だった遠い遠い昔、巣から落ちたところを人間に巣に戻してもらったのですが、人間の匂いがついてしまったために、親鳥に兄弟たちと一緒に巣ごと捨てられたのです。

「飛ぶこともできず、きょうだいたちの命が次々に消えていき、私だけが最期まで生き残ってしまいました。 悲しくて、悲しくて、気がついたら、物の怪になっておりました。 けれど、ある日、茂みの中で悪鬼となり、動けなくなった私にエサをおいていく人間があらわれました。それは、毎日、毎日。 妖怪を見る力はないようでしたが、闇に目だけ光っている私を野良犬だとでも間違えたのでしょう。 それでも、私は、彼が運ぶ人の匂いに、拾ってくれた者のあたたかさを思い出して 村が水底に沈んだとき、心静かに眠れたのは、あの人のおかげなのです」

夏目の協力で、あの人=谷尾崎という男性は見つかりますが、彼には、「燕」の姿は見えません。それでも、うれしそうに、彼の周りで飛び回るようにしてはしゃいでいる「燕」の姿を見て、なんとか会わせてやりたいと考え、妖怪たちの祭りに紛れ込み、「一晩だけ人間の姿になれる浴衣」争奪戦に参加し、見事ゲットします。

眠っている「燕」を起こし、夕方、町内で行われる祭りに谷尾崎さんが参加するらしいので、この浴衣をきていっておいでという夏目


夏目 「『燕』人を、嫌いにならないでくれてありがとう」
燕  「優しいものは好きです。あたたかいものは好きです。だから、人が好きです」

夏目少年自身、両親を早くに失い、親戚をたらいまわしにされながら、そのうえ妖怪を見る力があることで、周囲から気味悪がられたり、嫌われて、寂しい日々を送っていました。それが、心優しい遠縁の藤原夫婦にひきとられ、同じ能力を持っていたと言う祖母レイコを知る妖たちとの出会いの中で、自分の存在を肯定できるようになりはじめたばかりなのでした。


「つばめの会」のような、障害や難病を抱えた子供を持つ親の会は、たくさんあります。
どの会も、有意義な活動をされていますが、同時にさまざまな課題があるのも事実です。
参加者の中でも、考えが分かれて、運営方針が定まらないところもありますし、分裂したり、解散するところも少なくありません。
私が所属していた「親の会」も、その年ごとの執行部の方針で、会の性格が変わっていきました。
執行部が、医療や福祉行政、学校と戦うべし!という年は、春の総会で代表者が拳をふりあげ
「やる気の無い医者や教師は、やめろ!」とやりだしたので、親同士相談しあったりしたいと参加した他の親地が、ドン引きするという場面もありました。
親の会や当事者の会が、親睦や情報交換を目的としたものなのか、行政や社会に権利を訴える「抗議団体」としていくかが、第一の分かれ道です

「つばめの会」はどうでしょうか
代表のパンダウサギさんは、当事者が陥りがちな陰性感情にとらわれることなく、現実を冷静に分析しつつ、いうべき意見を率直にいう人だと思います。
「つばめの会」は、「乳幼児の摂食嚥下障害」という医療関係者にさえ、殆ど知られていない問題にはじめて取り組む団体として、現状をつよく訴えていくという役割を帯びていると思います。

しかし、同時に、命を救ってくださったり、治療や看護に尽くしてくださった医療従事者の方々、手を差し伸べてくれた福祉行政や学校関係者や地域の人々の温かさも知っています。前出のまとめにも、医療や福祉関係者からの反省や共感を寄せるコメントがたくさん寄せられました。この幸福もしっているからこそ、いま、困っている親子が、正しく医療や福祉に繋がり、信頼関係が結べるように、その橋渡しがしたいと思われているのではないでしょうか。

夏目は、夏祭りの翌日、谷尾崎に、昨日の夜、青い浴衣をきた女の子に出会わなかったとたずねると
谷尾崎から、少し言葉の不自由な女の子に出会ったと、その日撮ってもらった写真をみせられます。
彼の横で、顔を赤らめて、恥ずかしそうに微笑む「燕」がそこにいました。
その幸せそうな「燕」の姿をみた夏目の目から、涙がこぼれます

「そうだね、僕も、人が好きだよ 優しいのも、温かいのも、 人も、獣も、もののけも 皆、魅かれあう何かを求めて 懸命に生きる 心が好きだよ」

この場面を何回見ても、私は泣けてしまいます・・・
私も、そんな人が好きで

そして、そんな「懸命に生きる心」を引き合わせ、妖と人、人と人、妖と妖とが理解しようと歩み寄ることで何かが生まれるという役割を持った夏目少年のようになりたいな~とひそかに思っているのでした。

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