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2012年6月

小児医療クラスタオフ会@恵比寿

先月末の週末、東京で二日にわけて、ツイッターのフォロアーさんたちとお会いしました。
土曜日は、「知ろう!小児医療、守ろう!子供たちの会」の阿真代表と同会の熱血小児科医の佐山先生、「つばめの会」代表パンダウサギさん、他小児医療クラスタの皆さん。


恵比寿の韓国料理店で乾杯!するやいなや、すぐに熱い小児医療トークがはじまりました。小児の胃ろう、出生前診断、中絶、自己決定、重度障害児と医療、終末期医療・・・などなど
帰りに、店員さんが「皆さん、産婦人科とか小児科のかたですか?」と聞かれました。
「僕のところも去年、子供が生まれて、妊娠中によくそういう話をしていたので、興味があって」と。まだまだ河岸をかえてやるので、一緒にいかがですか?っていったけど、まだ仕事があるといって断られて残念でしたw


Purukogi

で、その熱いトークのキーワードは「患者(児)の最大の利益」と「納得」

「納得」・・・佐山先生の「患者さんや家族には、納得して医療をうけてほしい」というお話の中からのピックアップですが、治療を受ける側が納得いかないまま受けることで、トラブルが起こったり、のちのち気持ちにシコリが残ることがあります。
大人が自分の体の事ででも、色々な感情があるけれども、医療を受けるのが「子供」の場合、治療法の選択、そもそも、治療をうけるかどうかを選択するのも本人ではなく、親である場合が多いでしょう。
さっきもいいましたが、大人が自分の受ける治療を選択する、うけるかどうかを決めるときでも、色々逡巡するし、のちのち後悔することだってあります。
ましてや、子供となれば、小さくて傷みやすい体にメスや麻酔や薬を投与するリスクも、子供の将来も考えてきめなくてはいけません。
そこで問われるのが「最大の利益」です。
納得するのは、本人であり、親です。しかし、子供自身や親に「子供にとって最大の利益」はなにか、どうすることなのかを判断することが出来るでしょうか。
ここで、「出来る」と「分からない」という意見に分かれました。

医師や専門家は多くのデータと経験から、おおよその判断は出来ると思います。しかし、それを親に押し付けることでは、「納得」を得ることは難しいでしょう。
といって、自己決定にゆだねて、丸投げしても、時間を無為にするだけかもしれません。待てる状況であればいいけれど、そうばかりではありません。
出生前診断で、重篤な障害が発見され、妊娠の継続が妊婦にとってリスクが高くなれば、産科医は妊娠を諦めるようにいうこともありますが、そこにも22週の壁があり、そこを過ぎれば中絶は不可能になりますから、障害が発見されてから妊娠の継続か否かを考える時間はとても少ないし、突然告知されて何を考えるべきかもわからないまま、時間がなくなる、暗に勧められて中絶して、あとで後悔する人も多いのです。

出生前診断で障害を指摘されながら出産し、4歳の娘さんを育てているフォロアーさんは、中絶という選択はなかったといいます。嚥下障害もあるけれど、子供が苦しむ行為はしたくない、胃ろうもつくりたくないと。
彼女のなかで、娘さんの為に必要なことと不要なことが明確にわけられ、娘さんの気持ちも、要求もも、娘さんにとって最大の利益がなにかを「親だから分かる」という彼女に、いつも、ほえーとなっている私は、その根拠はなにかと聞くと
彼女は、一生懸命に考えて色々話してくださったので、パンダウサギさんと三人で一緒に考えてみました

色んな話の中で、興味深かったのが、重度障害の子の気持ちもどうしてやったらいいのかってこともわかるけど、健常児の上の子たちのことは分からないということです。
重度障害のお嬢さんとは、多くの時間を一緒に過ごしていることと、生理的な要求が中心でシンプルなので、親が把握している情報だけで判断することが可能だからではないかという話になりました。
「子供にとって最大の利益」と一言で言っても、その子供の障害、健康状態や環境などによっても、誰が判断するのかによっても、なにをもって「利益」といい、なにをもって、その大きさを測るのか、非常に難しい問題です。そして、それが、いま現在の時点でのみなのか、将来までも見据えてなのかも考えなければなりません。

重症心身障害児の予後は極めて悪く、来年の同じ季節を迎えることも奇跡に近い状態で、果たしてリスクのある手術や延命治療が必要なのか、苦痛を与え、むしろ寿命を縮めることになりはしないか、しかし、それで症状が改善し生きることが出来るなら、将来のことも考えられるかもしれないと悩み、多くの親は、10年20年後のことよりも、「今」は数年間の生をより善いものにしてやりたいと考え、生命に逼迫した危険のない発達障害児は、親よりも長く生き、親のいない世の中で生きていく可能性が高いので、福祉制度を利用できるのか、利用できない場合自立し自活していくために何が今必要なのかを考えます
しかし、どちらにしても、自信をもって「これだ!」といえることは少ないでしょう。
我が子にとって、最大の利益がなんなのかが分からない、自信を持ってこれだと言えないことに、自信を失っている人のほうがきっと多いと思います。

正直、専門家の先生や偉い人に、これやっていうてほしいなあーと私は思います。
でも、それは出来ません。子供をここまで育ててきたのも、成人するまで一番傍にいて見続けるのも親や保護者であり、医師も教師も、専門家はその場面、その時期しか関わりがないし、この「子供にとっての重要な決定権」を親や保護者が有しているということは、そもそも、親が子供を自分の子供と認識して育てきる為に非常に重要だからです。
子供という、ある時期までは大人から保護されないと死んでしまうような弱い存在を守るためには、誰かが、その一定期間を継続して、責任をもって育てることが必要で、それには、「この子は自分の子供だ」という認識と執着なくしては難しいのではないかということを、翌日曜日に黒猫某さんたちと話したのでした。


Blogyou_2

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