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2013年9月

「辞められる」ということ

今日から9月。明日から新学期だというのに、いまさらですが、夏休み中にあった親の会のイベントで、とても興味深いお話を聞いたので、思うことを書いてみようかと。
まあ、私の「夏休みの宿題」です。

毎年、親の会のイベントで色々な人をお招きして、講演していただきます。
今年は、ある福祉事業所の職員で、ご自身も8歳年下の障害者の弟がいるという男性。
弟が生まれた時のこと、中学時代は障害児の弟がいることを友達に隠していたこと、家が、支援学校の生徒の溜まり場になっていて、自分の見たいテレビが見れなかったり、おしっこを漏らす弟の友達の世話をしたり、夜の点滅信号を毎日見に行くという自閉症の子の拘りに付き合わされて腹が立ったことなど、そして、親に連れて行かれたサマースクールで、弟たちと接する支援学校の先生たちの熱意や、親の先生方への信頼のあつさに感動して、障害者福祉に関わる仕事を選んだことなどを話していただきました。
夜の点滅信号の話は、車に彼を載せて見に行くのだけど、コースが決まっていて、思った通りにいかないと車の中でパニックを起こして運転ができなくなるので、はじめのうちは自分も楽しんでいたけど、だんたん嫌になってしまったと。それでも、就職したあとも、帰宅するのを家で待っているので、仕事が終わってから長らく付き合っていたという、大変、お疲れ様ですなお話でした。

そのお話の最後に、その方から親に向けて、二つの質問がありました。
ひとつは、自分が子供のころ、障害者の親の集まりはあっても、兄弟同士が交流し合う場はなかった。そういうものがあったら、もっと救われただろうと思うし、そういう場を作りたいがどうしたらいいか、ということと、福祉に進むと決めた時、母親から「福祉職員や学校の先生は、辞めることができるけど、親や家族は辞めることが出来ないということを忘れないように」と言われたが、10年以上たっても、その言葉の真意が、未だによくわからないでいる。正直、この言葉に縛られて苦しいと思うこともあるが、皆さんなら、どう考えるか?というものでした。
きょうだい会の集まりや取り組みについても興味深いのですが、もうひとつの「職業は辞められるけど、親は辞められない」ということについて、当日も発言させてもらったんですが、そのあとも思うことが色々あったので、ここで、改めて自分の考えを纏めてみたいと思います。

その方のお母さんが、実際、どういう意味で仰ったかは別として、この「職業は辞められるが、親は辞められない」という言葉には、様々な含意があると思います。
親が子供の親であるということは、障害児の親に限らず、親子であるなら誰でもそうです。離婚し、子供を置いて家を出ても、親子であるという現実はかわりません。親としての責任を放棄しても、職業を辞めるように、親を辞めることはできないのです。

職業ではないので、決まった勤務時間も休日もないし、どちらかが死ぬまで、終わりはないです。自分から望んだわけでもないのに、仕事や未来像を諦め、社会や周囲から非難されたり、神経をすり減らし、何故自分だけが・・・という思いにとらわれてしまいます。
先が見えない、見通しが立たない不安や焦りや絶望が親を追いつめ、虐待や心中といった悲劇の原因にもなります。
望んでそうなったわけでもないけれど、能力があったから選ばれたわけでもないので、実際、養育していく能力がもともと欠けている親もいます。(親に、もともと障害があったり、親の生育環境が劣悪であったり、親だけの力ではどうしようもないことも)
もちろん、わるいことばかりではなくて、障害のある子を育てる喜びもあるわけで、「辞めることが出来ない」ことだって、他に選択肢がないほうが受け入れやすいということもあります。

「辞めるという選択肢がある」ということは、時に、人を迷わせるのです。

障害者の弟がいて、家には弟の支援学校の仲間がいて、親は将来グループホームを作りたいなどと言っている環境で育ち、敢えて、福祉の道に進んだ人でも、長く務めている間には、悩むこともあるし、人生の岐路に立たされることもあったと思います。その時に、親から言われた言葉が「重荷だったこともある」と仰ったこと、とても重い言葉だと思いました。
親の中にも、「やる気のない教師や医者や職員は辞めてしまえ」と拳を振り振り叫ぶいう人もいますが、私は別の意味で、やはり「辞めることができるんだから辞めてほしい」と思っています。職業選択は自由です。数ある職業の中から、人の為に働くということを選んだとしても、仕事は人生の一部に過ぎません。個人や家庭の幸福より優先されるものではありません。当然、心身の健康を害してまで全うするようなものではないのです。ましてや「やる気がないならやめてしまえ」なんて仰る向きの為に犠牲になどなってはいけません。
ただ、その心情だけは理解していただきたいとは思います。なぜなら、かくいう私だって、以前はそう言っていたかもしれません。私は幸運なことに、ネットを通じてですが、職業として選んでこの世界に来て下さった、医療や福祉に従事する人々と出会い、多くの友人を得ることができたおかげで、今の考えがあるのです。
医療、福祉、教育、どの業界を見ても、数々の問題の原因は従事者の「やる気」の有無ではなく、逆に従事する人々の熱意や使命感をあてにして、無茶な構造を作り上げてきたという現実も知ることができました。熱意や責任感のある人ほど、燃え尽き、外野の心ないバッシングに心を折られて心身の健康を蝕まれていたのです。
また、個々の様々な事情でも、現場を離れざるを得なかった人たちが、周囲からも責められ、自責の念にかられ続けています。

ある小児科医の知人は、お父さんの医院を継ぐために30代半ばで勤務医を辞めましたが、小児救急の窮状を訴える記事や番組を見ると「私は、あそこから逃げてきてしまった。困っている子供たちやまだ残って頑張っている仲間を見捨ててきたんだ」という思いから、動悸や吐き気がしてしまうと言っていました。私からすれば、発達障害支援センターのない時代から、個人で開業し、自閉症などの療育をされてきたお父様の跡を継ぐという決意もなみのことではありませんし、働き方や関わり方が変わっただけで、そこまで自分を責めることなどないんです。それに、自分の子供を産みたいという希望だって、是非叶えて欲しいと思います。
彼女だけじゃなく、そうして出会った医療者や福祉従事者である友人知人のことを一人一人思い起こすにつけ、みんなそれぞれ個人の、家族の幸福を願わないではいられません。
せっかく、それほどに優秀で、また努力と研鑽とで身に付けた専門性の高い技術や能力なのだから、まずは、自身の幸福の為につかってほしいです。その上で、社会貢献を考えてくださるならば、自分自身を有限な「資源」と考えて、いかに有効に活用するかを考えるマネージメントが重要でしょう。

「辞められる」ということが重荷になるのは、おのおの個人の気の持ちようでもありますが、医療や福祉などの社会福祉を私たちがどう考えるかということでもあります。
何事につけ始めようとするとき、辞められる自由があるか?ということは、ネックであったりもするので、辞められるということが重荷であっては、どの業界も先細りは已む無しといえるでしょう。
でも、私が一番思うのは、自分たちがお世話になっている世界が、誰かの犠牲や使命感によってしか成り立たないなんて嫌だなあということなんです。講演してくださった方のお母さんも、息子に「障害者福祉の為に死になさい」と仰っているわけではなく、むしろ、「本当に辛くなったら辞めなさい」という意味なのではないかと考えています。というか、私なら、そう言うと思います。

ってことで、他にも、さまざまな解釈があると思いますが、私の場合はこう思うと、実際には、もう少し?かいつまんで話したつもりですが、十分長かったかもしれません(汗


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