« | トップページ

今さらながら、「君の名は。」を観たこと

昨日は、3月11日。東日本大震災から6年たち、被災地は7回忌を迎えるという。
亡くなった方々の安らかな眠りと、かけがえのない大切な存在を失ない、癒されない痛みに苛まれている方々のことを思い、黙とうを捧げた。

君の名は。公式HP 


新海誠監督 「君の名は。」の真実をTBS系特番で初告白へ

一時は、津波や災害を想起させるような映画やアニメの上映や製作は、自粛傾向だったが、最近は、むしろ、震災や原発事故を意識した作品がつくられるようになり、中でも、「シンゴジラ」は日本アカデミー優秀作品賞に、「君の名は。」は、同アニメーション優秀作品賞を受賞するなど、興行成績以外にも注目を集めた。

「シンゴジラ」は、私のツイッターのTLでいきなり大評判だったので、わりと早くに観に行ったが、「君の名は。」は、世間の評判はともかく、私のTLでは、とくに話題になっていなかったので、あんまり興味がわかず、映画館で観なくてもいいかなと放置していた。
年が明けて、1月に東京に1人で行った時、たまたま時間がぽかんと空いたので、(それも、ほんとはもう一回「シンゴジラ」観れたらいいなと思って行ってみたら、ちょうど観れる時間にはやってなかった)まあ、話題作だから観とくか~ということで、内容とか何も考えずに観た。

実は、その時もうひとつ「この世界の片隅に」も同じ時間にやっていて、是非観たい!とおもいつつまだ観ていなかったのだけど、その日は、母の二回目の命日だったので、母や母が死んだ時のことを思い出すようなものは、ちょっと見たくないなとおもったこともあって、きっとすごく泣いてしまうし、それ以上に「落ちる」自信があったので避けたのだけど、その選択には、あまり意味が無かった。
むしろ、なんの構えもなく観てしまったために、無茶苦茶泣かされてしまったのだった。

松飾が降ろされたばかりの品川の映画館は、多くの老若男女で混雑していたけれど、「君の名は。」は、話題のピークを過ぎていたからか、周囲の客の年代はかなりのご高齢で、ちょっとしたギャグ?や笑う場面でも、まわりがあまりにノ―リアクションなので、笑うことも出来ず、正直、1人できたことを後悔する部分もあった。
あのご高齢の紳士淑女が、どういうつもりで、この映画を観にきておられたのかは分からないが、私が「やっぱり1人できてよかった!」とおもいながら、ごんごん泣いていたとき、ふと周囲をみわたすと、スクリーンを見つめながら、静かに涙を流しているご婦人もたくさんいらして、その胸のうちにあるものを勝手に想像して、また涙するという状況に陥ってしまった。

映画「君の名は。」が何を描いているのかは、まだ上映中でもあるし、ネタばれは他にまかせてここでは書かない。

なので、私が「君の名は。」を観て思ったり、この映画を見て涙していた人の勝手に想像した胸の内などについて勝手に語るならば、それは、人と言うのは、死別や故郷を失った悲しみよりも、「あの時、自分が、ああしていれば運命が違っていたかもしれない」「もう一度やりなおせたら、あの人は、今も生きていたかもしれない、違う現在があったのかもしれない」という悔恨に、長く深く苦しめられるものなのだということだ。
一度に大勢の人が、突然、命を奪われる災害や、事故、事件などが起きると、センセーショナルに扱われるが、災害や事件事故だけが、人の命を奪うのではない。ほかのどんな形でも、愛するものとの死別はつらい。毎日毎日誰かが死に、その日が来るたびに、だれかがその死について、後悔や怒りや悲しみを新たにしているのだろう。

現実には、どんなに悔やんでも嘆いても、時間をさかのぼってやり直すことは出来ないし、死んでしまったものはどうしても生き返ることはない。そんなことを改めて言われる必要は誰にもないが、フィクションの中でくらい、救われてほしいという思いがあるのではないかと思った。
映画「君の名は。」は、そんな痛い苦しみを胸に抱きつつ、長い人生を生きてきた大人たちが、その痛みから赦されるひとときを齎してくれるのかもしれない。まあ、完全に私の個人的な感想というか感傷だから、深く考えないで、観てほしい。


|

« | トップページ

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1029820/69887047

この記事へのトラックバック一覧です: 今さらながら、「君の名は。」を観たこと:

« | トップページ